
2026年4月14日(火)に発表された(日付は4月12日付)、6月26日(金)から27日(土)に開催される臨時枢機卿会議に向けた、枢機卿たちへの手紙(原文イタリア語)。 枢機卿の皆様。 聖なる復活節にあたり、心か […]
枢機卿の皆様。
聖なる復活節にあたり、心から兄弟としてのごあいさつを申し上げたいと思います。復活した主の平和が、苦しむ現代世界を支え、新たにしてくださいますように。
この機会に、1月の枢機卿会議にご参加くださったことに対してあらためて感謝申し上げたいと思います。自由で具体的で霊的に豊かな分かち合いを可能にした各グループで行われた議論と、総会での発表の質を高く評価致します。集められた貢献は貴重な遺産となっています。わたしはそれを教会の識別において守り、発展させたいと望みます。
すでに先の臨時枢機卿会議の閉会のあいさつで、シノダリティをテーマとするグループから出されたいくつかの要素に言及しました。ここではとくに『福音の喜び』(Evangelii gaudium)に関するグループの中で展開されたこと、とりわけ宣教と信仰の伝達に関する点を考察したいと思います。
皆様の発表から、この使徒的勧告が決定的な基準を示し続けていることが明らかになりました。『福音の喜び』は、単に新しい内容を導入しただけでなく、キリスト教と教会のアイデンティティの中心としてのケリュグマをあらためてすべての焦点としています。それは真の「新たな息吹」として再認識されました。この「新たな息吹」は、ただちに構造改革をもたらすのではなく、教会の歩みを深く方向づけながら、司牧的・宣教的な回心のプロセスを開始することができるものです。
皆様はこの観点があらゆるレベルで教会に問いかけることを強調しました。それは個人のレベルで、洗礼を受けたすべての人にキリストとの出会いを新たにし、単に与えられた信仰から、現実に生き、経験された信仰へと移行するようにと呼びかけます。この歩みは、祈りの優位性、ことばに先立つあかし、信仰と生活の一貫性における、霊的生活の質そのものにも関連します。それは共同体のレベルで、守りの司牧から宣教的な司牧への移行を促します。宣教的な司牧においては、共同体が告知の生きた主体となります。それは、人が理解可能な言語を語ることができ、人間関係の質に注意を払い、傾聴と同伴といやしに場を与えることができる、もてなしの共同体です。それは教区のレベルで、決然と宣教における大胆さを支える司牧者の責任をはっきりと浮かび上がらせます。司牧者は、こうした大胆さが過度な組織化によって重荷となったり窒息させられることなく、何が本質的かを認識するための助けとなる識別を促すように注意を払わなければなりません。
これらすべてのことから、宣教に関する深く一致した理解が生まれます。それは、キリストを中心としたケリュグマ的な宣教です。それは人生を造り変えることができるキリストとの出会いから生まれ、征服することによってではなく引き寄せることによって広がる宣教です。それは、明確な告知と、あかしと、献身と、対話をまとめる包括的な宣教です。その際、強制的改宗への誘惑や、単なる組織の維持や拡大の論理に陥ってはなりません。教会は、たとえ自分が少数派であることを自覚していても、コンプレックスを抱かずに、すべての人に希望をもたらすことのできる小さな群れとして生きるよう招かれています。その際、宣教の目的な、教会そのものの存続ではなく、神が世を愛された愛を伝えることであることを心に留めなければなりません。
寄せられた具体的な提案の中には、取り上げてさらに検討するに値するいくつかのものがあります。すなわち、『福音の喜び』の見直しの必要性です。それは、数年の時を隔てて現実に受容されたこととは何か、そして、今なお知られておらず、実施されないままになっていることは何かを、誠実に検証するためです。とくにキリスト教の入信過程の必要な改革に注意を払わなければなりません。ケリュグマ的な告知と人間関係の質を高める真の機会としての使徒的訪問や司牧訪問の評価にも関心を向けるべきです。聖座のレベルも含めて、より明確な宣教的視点から教会のコミュニケーションの有効性を再検討する必要もあります。
心からの感謝をもって、皆様の奉仕と、教会生活に対する貢献に対してあらためて御礼申し上げます。6月26日から27日に開催される次回臨時枢機卿会議に関しては、適切な準備を行うことができるように、追って詳細なお知らせをお送りします。
わたしたちの希望の源泉である復活した主において、心からご復活のお祝いを申し上げます。
キリストのうちに、兄弟としての愛をもって
バチカンにて、2026年4月12日
