福者コルベ神父ゆかりの聖母の騎士修道院を訪問

1981年2月26日16時35分
コンベンツアル聖フランシスコ修道会本河内修道院

アウシュヴィッツで生涯を閉じたポーランド人マキシミリアノ・マリア・コルベ神父が創設した修道院。
コルベ神父は1982年、ヨハネ・パウロ二世によって聖人にあげられた。

親愛なる皆さん、

1. 私の同国人、マキシミリアン・コルベ神父の創立になるこの修道院を訪問することは、前から私の特別の望みでした。きょう、私は午後の日程を、数世紀前、多くのキリスト信者がキリストを証した、あの殉教者の丘の訪問で始めましたが、ここで私たちはキリストがキリスト信者の特徴として提示なさったあの隣人愛を、ためらうことなく証した現代の殉教者福者マキシミリアンのことを偲んでおります。彼はアウシュヴィツの収容所で、結婚して二児の父である一人の友の生命を救うために自分の生命をささげたのでした。殉教者とコルベ神父の間には、ある種のつながりがあります。このつながりというのは、彼らが福音のメッセージを証しようといつでも準備をととのえているということです。

 私は、今日ここで見出したもう一つのつながり、福者マキシミリアンの崇高な犠牲と、彼の長崎での宣教師としての活動との間のつながりを皆さんに指摘したいと思います。彼を日本に赴かせ、そのあと彼を餓死刑の地下室まで導いたものは、同じ信仰の確信、キリストおよび福音に対する同じ全面的献身ではなかったでしょうか。彼の生涯には分裂も矛盾も転向もなく、ただ異なる状況の下における同じ愛の表現があっただけなのです。

2. 彼が創めた事業を続けているあなたがたは、あの英雄的な心を満たしていた宣教者の熱意を知っています。彼は1930年に日本に来たとき、自分の特別の使命を悟っていたことを、この日本ですぐに実行に移そうとしました。それは聖母に対する信心を奨励することであり、文書による福音宣教の道具となることでした。「無原罪の聖母の町」の創立と、「聖母の騎土」誌の発行は、彼にとっては、おとめマリァから生まれた神のみ子、キリストをすべての人に知らせるという同じ基本計画の一部でした。あなたがたは彼の努力が人間的打算によって計画されたものでも、制約されたものでもなく、かえって神の摂理に対するゆらぐことのない信頼をもって実行されたことを知っています。神はこのような信頼を裏切りませんでした。彼がここの旧印刷所で始めた計画は、思いもよらなかった大きさに成長しました。彼の犠牲から流れ出る霊感的な力の故と言えましょう。

3. 彼の使命は堅持され、福音宣教は続行されねばなりません。カトリック信者がほんの少数にすぎないこの国では、福音宣教のため文書および他の広報手段を用いることの緊急性に議論の余地はありません。教会は福音をのべ、すべての人に救いをもたらす使命をキリストから委ねられています。それ故、強力な広報手段を用いて福音をのべ伝えることは、教会の使命遂行の一部なのです。

 福者マキシミリアンの生涯には、福音宣教に関するもう一つの要素があります。それは彼のマリアに対する信心です。神が無原罪のおとめを通して私たちのもとにお出くださったのは、私たちを励ますためではなかったでしょうか。マリアはその存在の最初の瞬間から、決して罪の支配の下にはいませんでした。しかし私たちは、マリアが世にもたらした慈しみ深い贖い主に私たちの心を大きく開くことによって、罪よりの清めをいただくように召されています。マリアを通る以外にその御子に近づくすぐれた道はありません。

 マリアの祈りとマリアの偉大な僕、福者マキシミリアン・コルベの祈りが、日本国民にキリストの福音をより効果的にもたらすよすがとなりますように。

教皇による無原罪の聖母への祈り

親愛なる皆さん、

 福者マキシミリアン・コルベの記憶をとどめるこの修道院を訪問する機会に恵まれた私は、愛の生きた焔であった聖フランシスコの子である福者が、今も私たちに語りかけていると思われる言葉を、かつて日本の宣教者であった彼の使徒的熱意の心よりくみとり、声をあげて祈りたいと思います。

 この言葉は、無原罪のおとめであるあなたに向けられるものです。あなたをマキシミリアン神父はほめたたえました。神のみ子の母となるよう永遠に選ばれたお方であるあなた、その聖なる母性のゆえに、原罪のけがれにそむことのなかったあなた、神の母となり、私たちの希望の母となられたあなたをほめたたえたのでした。

 原罪のけがれなき方よ、ローマの司教かつ聖ペトロの後継者であり、同時に福者マキシミリアン・コルベと同じ国の子である私ヨハネ・パウロ二世は、あなたの御子の教会、この日本においてもう四百年以上、己が使命を果しつづけているこの教会をあなたに委託いたします。この教会も偉大な殉教者たちと不屈の証聖者たちをもつ歴史ある教会です。これはまた司教たちの奉仕と、日本人及び宣教会の司祭、修道者、修道女の活動と、自分の家庭と社会のさまざまな分野に生きて、日々その文化と文明を進展させ、共同善を推進しているキリスト教信徒の証しとによって、今も前進しつづける今日の教会でもあります。

 この教会は、ちょうど最初の弟子たちと信者たちのように、福音書のあの「小さい群」にすぎません。しかしそれは、キリストが「おそれてはならない・・・あなたたちにみ国をくださるのは、あなたたちの父のみ心である」(ルカ12・32)と励ましてくださった小さい群であります。

 教会のけがれなき御母よ、御子にお取り次ぎくださって、この「小さき群」が日々日本における神の国の、より効果的なしるしとなるようお取り計いください。またこの小さき群を通して、神の国が人々の生活の中に一層輝きを示し、信仰の賜ものと洗礼のお恵みによって、他の人びとの間にも広められて行きますように。神の国が日本の教会の子どもたちの模範的キリスト教生活を通して、より力強いものとなり、また世界の歴史が神において完成される日をまちながら、主の再臨の希望に支えられ成・長を続けていきますように。

 原罪のけがれなき御方よ、私はこのことをあなたの配慮にゆだねます。そして、このことを日本のすべての聖なる殉教者、またこの国をこれほどまで愛した神の使徒、福者マキシミリアン・コノレベの取り次ぎによってキリストに嘆願いたします。アーメン。

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