世界代表司教会議第16回通常総会 第1会期「まとめ」報告書の関連課題に関する研究部会 シノドス流の教会:交わり、参加、宣教 第5部会: 教会生活と指導的役割への女性の参加 「報告概要」 (原文:イタリア語) 第5部会の […]

世界代表司教会議第16回通常総会
第1会期「まとめ」報告書の関連課題に関する研究部会
シノドス流の教会:交わり、参加、宣教
第5部会:
教会生活と指導的役割への女性の参加
「報告概要」
(原文:イタリア語)
第1部では、「シノダリティに関するシノドス」第5部会の沿革を振り返り、「最終報告書」の作成に至るまでの歴史的・方法論的な経緯について概説しています。
第2部では、シノドスでの考察から浮かび上がった主題について、詳細な総括を行っています。内容は以下の五つの部分で構成されています。「公約の履行」「根本的課題(Ⅰ)人間の関係性」「根本的課題(Ⅱ)ポステスタス(法的権能)」「根本的課題(Ⅲ)奉仕職」「焦点:教会における女性の役割のカリスマ的側面」。
この短い「最終報告書」のまとめにおいて、とくに第2部で展開された二つの主題を取り上げるのが適切でしょう。
一つ目の主題は、教会における女性の参加について考察する際には、交わりの教会論の文脈の中で、同じ使命を分かち合う人間として、男女をともに考慮に入れなければならないという事実に関するものです。したがって、叙階を受けた奉仕職の権能の範囲について、その再定義を検討する必要があります。実際、「司祭が、頭であるキリスト――すなわち、恵みの源泉――に似せて造り変えられるということは、他のすべての人の上に置かれ、高い身分に上げられているということを意味しません」(教皇フランシスコ使徒的勧告『福音の喜び』104項)。むしろ、「司祭は『頭であるキリスト』のしるしであると言明する際の、その本質的意図は、キリストが恵みの源であるということです。キリストは教会の頭であり、それは『教会に属するすべての成員に、恵みを注ぐ力を有して』いるからです」(教皇フランシスコ使徒的勧告『愛するアマゾン』87項。聖トマス・アクィナス『神学大全』S. Th., III, q, 8, a. 1, resp.)。このため、聖ヨハネ・パウロ二世教皇が繰り返し述べたように、「教会は『位階的』な構成をもっていますが、この構成は、キリストのメンバーの聖性に完全に秩序づけられたものです」(使徒的書簡『女性の尊厳と使命』27項)ということをあらためて思い起こすことは有益です。この原則は、教会位階が有する権威の本性を理解する上で極めて重要です。なぜなら、「その鍵、その中核は、支配として権力を理解するのではなく、それは、聖体の秘跡を執り行う権能であり、それゆえ、つねに人びとに奉仕する権威である」(『福音の喜び』104項)からです。これらの教導職に基づく見解が、教会生活に対して具体的な結果を伴うことは明らかです。これらの権限の範囲を再定義することは、教会における女性の新たな責任の場を認める道を開く可能性があります。こうした文脈において、それはまた、男女信徒、男女修道者に対して、共同体の指導的役割を含め、新たな奉仕職の可能性を開くことにもなります。
第2の主題は、教会における女性の役割のカリスマ的側面を再発見することにあります。実際、認められている奉仕職に加え、「儀式によらずに立てられても、……恒常的に遂行される」(『シノドス最終文書』76項)奉仕職も存在します。聖ヨハネ・パウロ二世教皇は、すでにこの事実を認識しており、「教会の多種多様な必要を満たすことにより、叙階された司祭、他の役務者、あるいは単に認定された人たちのもとに、全共同体の益となる恵み……が開花するでしょう」(使徒的書簡『新千年期の初めに』46項)と述べています。こうした儀式によって立てられたものではない奉仕の役割は、神の民の真の必要に応えるものであり、奉仕者自身の個人的な欲求を単に満たすものではありません。それらは、霊によって種蒔かれるカリスマによって豊かにされるものであり、その霊はつねに、教会組織の益のために必要なあらゆるたまものを与えてくれます。思い起こすべきは、福音化のニーズがどこにあろうとも、それに応えるため、霊はすでに、カリスマを誰かに授けているということです。公式に制定された奉仕職の枠組みだけに留まっていては、それが教会の指導層への女性の参加に関する場合、わたしたちは狭められ、豊かさを失ってしまいます。なぜなら、この奉仕職の道は、ある一つの存在形態、行動様式とより密接に結びついた特性、能力、様式を備えた、ある一部の女性のみに限られてしまうかもしれないからです。実際、奉仕職は確かに素晴らしいものですが、教会生活に対し、すべての女性が充実を感じる可能性を高めるという必要を、それがかなえるわけではありません。それに対し、カリスマはより幅広い、広がりのある存在であり、それを有する人びとが、通常の組織では手の届かない場にも到達することを可能にします。そうしたカリスマは、個人的なものでも、末端の現実でもありません。教会の組織的な枠組みだけでは対応しきれない、人びとの数多くの差し迫ったニーズに直面している、実在のたまものなのです。
「最終報告書」第3部は、第2部で取り上げられた神学的、司牧的、教会法的な諸課題について、より深く考察したいくつかの付録が含まれています。これらの付録には、第5部会に提出された、さまざまな提案や情報が含まれています。付録は以下の通りです。
付録Ⅰ
旧約聖書・新約聖書における女性像
付録Ⅱ
教会史における重要な女性
付録Ⅲ
現在、教会の指導的役割を担う女性たちの証言
付録Ⅳ
マリアの原理とペトロの原理
付録Ⅴ
教会権威
付録Ⅵ
教会生活と指導的役割における女性の役割に関する、教皇フランシスコとレオ十四世による文書
【参考】第5部会「最終報告書」(英語)――目次
第1部 シノダリティに関するシノドス第5部会の沿革
第2部 シノドスが深まることから浮かび上がる本主題の詳細なまとめ
公約の履行
女性の不可欠の貢献
時のしるし
根本的課題(Ⅰ):人間の関係性
根本的課題(Ⅱ):「ポテスタス(法的権能)」
根本的課題(Ⅲ):奉仕職
焦点:教会における女性の役割のカリスマ的側面
付録
付録Ⅰ 旧約聖書・新約聖書における女性像
前提
Ⅰ 旧約聖書:母祖たち:サラ、リベカ、レア、ラケル
サラ
リベカ
レアとラケル
まとめ
主役となった女性たち
イシュマエルの母、ハガル
踊りを指揮したミリアム
軍の司令官、デボラ
異邦人、ルツ
サムエルの母、ハンナ
ダビデの軍隊を押し留めたアビガイル
擬人化
知恵と愚かさ
レムエルの母のことば
Ⅱ 新約聖書
前提
イエスに従った女性たち
幼少物語に登場する女性たち
マリアの親戚、エリサベト
アンナ
イエスの公生活に登場する女性たち
マグダラのマリア
友情のしるし、マルタとマリア
イエスに油注いだ女
サマリアの女
やもめと姦通の女
イエスに癒された女性たち:主な出典
イエスの教えに登場する女性たち
使徒言行録、手紙、黙示録に登場する女性たち
前提
- ヘレナ皇后(248−329)
- 霊的「権威」:小マクリナとテオドラ「司教」
- アイルランドと英国の男女混合修道院(5−9世紀)
- 事実上の権威を有し、聖職者に対して権威を行使した女子大修道院長(12−18世紀)
- ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098−1179)
- スウェーデンのビルギッタ(1303−1373)
- シエナのカタリナ(1347−1380)
- ジャンヌ・ダルク(1412−1431)
- アビラのテレサ(1515−1582)
- ルイーズ・ド・マリヤック(1591−1660)
- フアナ=イネス・デ・ラ・クルス(1651−1695)
- マリア・アントニア・デ・サン・ホセ(1730−1799)
- エリザベス・アン・シートン(1774−1821)
- フランチェスカ・カブリーニ(1850−1917)
- マリア・モンテッソーリ(1870−1952)
- アルミダ・バレッリ(1882−1952)
- ドロシー・デイ(1897−1980)
- マドレーヌ・デルブレル(1904−1964)
- ワンダ・プウタフスカ(1921−2023)
付録Ⅲ 現在、教会の指導的役割を担う女性たちの証言
革新に向けたいくつかの試み
ローマ教皇庁からの証言
未来への展望
付録Ⅳ マリアの原理とペトロの原理:批判的考察
「マリアの原理」と「ペトロの原理」の展開
近年の教皇たちの教導職における「マリアの原理」の活用
聖ヨハネ・パウロ二世教皇とベネディクト十六世
教皇フランシスコ
教皇レオ十四世
批判的考察とその他の視点
批判的視点
その他の意見
付録Ⅴ 教会権威
はじめに
権威概念の歴史的展開
区別が分離へと至る
第二バチカン公会議による一致の再興
包括的な神学的枠組み
近年の動向と未解決の課題
二つの考え方
宣教するシノドス流の教会
近年のいくつかの取り組み
いくつかの今後の展望
付録Ⅵ 教会生活と指導的役割における女性の役割に関する、教皇フランシスコとレオ十四世による文書
聖職者中心主義と男性優越主義に関する重要な対立点
教皇フランシスコの教えからの示唆
教皇フランシスコの女性に関する文書
教皇フランシスコの聖職者中心主義と男性中心主義へ反対する文書
教皇フランシスコの行政面での貢献
一般的な行政上の貢献
ローマ教皇庁への女性の登用
教皇レオ十四世の貢献

